全ての居酒屋はトイレの中に大きな鏡を置くな

ない文章力を振り絞って恋と退屈について書きます

恋は猛毒、飲み干せば愛

って誰かが言ってた。

全然意味がわからないのは俺があまりちゃんとした恋というのをしてこなかったからなのかな。わからないけど。

まあでも確かに恋は時に毒だったりするかもしれない。その毒に侵されて何も考えられなくなったり、時に気持ちが落ち込んでしまったり、思考が支配されてしまったりする。

確かに俺は恋というもの自体あまりしてこなかったけどその毒に侵されやすいタイプだったかな。言い換えるなら依存体質と言うんだと思う。彼女や好きな人に依存してそのままその人無しじゃ生きていけないって言う精神状態に追い込まれてしまったりするんだよな。あれはマジでやめたい。依存して得することとか何も無い。

俺の場合依存すると会いに来てくれたことが嬉しいから、会いに来てくれないことが悲しいに変わってしまって心が病んでしまう。

こうなったら終わりです。お別れまで一直線。

相手に愛想つかされます。中毒症状に悩まされてまたずっと悲しい気持ちが針のように尖って刺してきますよ。まじで。そういう意味では恋は毒なんだろうなと思いやすよ。

飲み干せば愛ってなんやねんとまた考えるわけです。この世の中クソほど愛に溢れてる訳です。めちゃくちゃ手軽な。

その恋という毒を飲み干した先に愛はあるんですかね。愛想つかされることしか出来なかった俺には想像もつかないですよ。もしかしたらその毒にかかったのは俺だけで、相手はそんな毒にかかってないから愛想つかされたんすかね。

2人で飲み干せば愛になるんですかね。全然わからん。

まあ何が言いたいかっていうと全然わからないですよ。他人の言葉って。難しいんすよね。

言葉だけじゃなくて音楽だったり、美術作品だったり、そこの中に潜む想いだったりを自分なりに解釈することってなんだかんだ大事なんじゃないかと考えるんです。まあ自分の腹の中とかを勝手に模索されるのはなんか俺だったらムカついてしまうこともあるかもしれないんですけど、俺もついついやりがちなんですよね。

でもさっきも言ったけどそれって大事だと思うんです。自分の価値観を広げる上で大事だと思うんです。ひとつの音楽で感じ方がそれぞれ違うように、その感じたことを話し合う時ってめちゃくちゃ楽しいんすよね。俺にはそういう友達が例えば48テさんとかまさにそういうことを話せる友達なんですけど。なんかいて良かったなって思うんですね。

今日も真面目な話になってしまいましたが。許してくれや。